産婦人科医師 衣笠先生 からのご寄稿(守れる命を守る会 会員)


先月、HPVワクチン名誉棄損訴訟の当事者である信州大学・池田修一氏らの論文がオープンアクセス・オンラインジャーナルに掲載されました。

Hineno A, Ikeda S, Hineno K, et al. Autoantibodies against autonomic nerve receptors in adolescent Japanese girls after immunization with human papillomavirus vaccine. Annals of Arthritis and Clinical Rheumatology 2019; 2(2) Article 10141. Remedy Publications LLC.

http://www.remedypublications.com/annals-of-arthritis-and-clinical-rheumatology/articles/pdfs_folder/aacr-v2-id1014.pdf

HPVワクチン接種後に慢性疲労・自律神経失調症状・多発性疼痛などで入院した女性55人と同ワクチン非接種の健康な女性57人との間で自律神経受容体に対する自己抗体価を比較したところ、前者では複数の抗体価が有意に高かったという内容です。この成績から著者らは同ワクチン接種後の自己免疫異常によって上記症状が出現している可能性があると述べています。そしてこの論文は地元紙である信濃毎日新聞でも紹介されていました。

しかしこの論文には多くの問題点があります。考察の部分で複合性局所疼痛症候群(CRPS)・体位性頻脈症候群(POTS)・慢性疲労症候群(CFS)において自律神経受容体に対する自己抗体価の上昇がすでに報告されていることを述べておきながら、この論文ではHPVワクチン接種後の有症状者と非接種の無症状者だけを比較しています。同ワクチンの影響を評価するのなら、接種後の無症状者や非接種の有症状者との比較も必要でしょう。

HPVワクチン接種によってCRPS・POTS・CFSそれぞれの発症頻度が増加していないことはすでに海外から報告されています。また名古屋市で行われた疫学調査でも接種者と非接種者との間で上記症状の出現頻度に明らかな差がみられなかったことが報告されています。したがってHPVワクチン接種後に偶発的に生じた上記病態と関連して各種抗体価が上昇したという可能性も十分考えられます。少なくとも抗体価上昇が同ワクチンによって特異的に起こっているという証拠は示されていません。また各種抗体価の散布図を見ると、患者群のみならず健常者群の中にも高値を示す例がかなりみられますので、それら自己抗体の臨床的意義は不明です。

さらに掲載誌であるAnnals of Arthritis and Clinical Rheumatologyのウェブサイトに目を通すと、昨年4月から今年9月までの1年半に14本の論文しか掲載されていません。つまり月平均で1本にも満たず、しかも査読期間は20日間と記載されていますから、ほとんどフリーパスのような状態です。このジャーナルは世界的な医学文献検索サイトであるPubMedに掲載されていないばかりか、発行している出版社(Remedy Publications LLC)はBeall‘s listとして知られる、いわゆるハゲタカ出版社(predatory publisher)のリストにその名前が挙がっています。

ハゲタカ出版社とは掲載料徴収による営利を目的として十分な審査を行わずに低質な論文を掲載する科学雑誌(ハゲタカジャーナル:ほとんどがオンライン、オープンアクセス)を発行している出版社の総称であり、近年著しく増加していることが社会問題にもなっています。実際に上記出版社が「ハゲタカ」に該当するかどうかはさらに精査の必要があります。いずれにせよ国民の税金から捻出された厚生労働科学研究費補助金の一部を実績のないジャーナルへの投稿費用に充てて、適正な査読を受けることなく掲載された医学論文を研究成果として発表したりメディアに流したりするのは、同科学研究事業に対する国民の信頼を損なう行為であると言わざるを得ません。

今回の論文はHPVワクチン接種による自己免疫性神経疾患の存在を証明するものでは決してありません。このようにエビデンスとも呼べない不確かな情報によって同ワクチン接種の普及が妨げられ、将来多くの女性が子宮頸がんで苦しむような事態は何としても避けたいものです。

2019年10月14日
尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里